「定年退職」の概念が揺らいでいます。かつては60歳や65歳での引退が一般的でしたが、現在ではその先も働き続ける「一生働く時代」が現実のものとなりつつあります。
日本政府は70歳までの雇用延長を推進しており、多くの企業がシニア世代の雇用機会を増やす取り組みを行っています。また、少子高齢化が進む中で、労働力の確保という観点からも、シニア層の活躍は避けて通れないテーマです。
しかし、「一生働く」とは単に長く働くことを意味するのではありません。むしろ、「どう働くか」「何のために働くか」を再定義する必要があります。
長く働く時代だからこそ、従来の働き方の延長線上ではない、新しい視点をもつことが重要です。
このコラムでは、具体的なデータや事例を交えながら、「一生働く時代」に求められる心構えについて、ユニークな視点から考察していきます。
定年の概念が崩壊する時代
少子高齢化による労働力不足は深刻な問題であり、政府や企業はシニア層の活用を進めています。総務省のデータによると、2023年時点で65歳以上の就業率は25.2%を記録しており、70歳以上でも10%を超える人々が働き続けています。また、日本だけでなく、世界的にも「定年の廃止」を推進する動きが見られます。例えば、アメリカでは「エイジズム(年齢差別)」に対する法的な規制が進み、年齢を理由にした雇用制限が見直されています。
これにより、「いつ引退するか?」という問いが「どのように働き続けるか?」に変わりつつあります。定年退職後も働き続ける選択肢が増えた一方で、働く内容や環境がこれまでとは異なる形に変わることが求められます。
例えば、シニア世代が若い世代と共に働く際には、ジェネレーションギャップや価値観の違いを理解し、協力し合うスキルが必要となるでしょう。また、体力的な負担が少ない仕事や、経験を活かしたコンサルタント業務など、適した働き方を選ぶことも重要です。
しかし、単に「長く働く」ことが「幸せな働き方」になるとは限りません。「働くこと」が目的化してしまうと、心身のバランスを崩し、かえって生活の質を低下させてしまうこともあります。そこで、次に「働く意味」について掘り下げて考えてみましょう。
「働く意味」を問い直す
「一生働く」という言葉には、ある種のネガティブな印象が付きまといます。長く働くことを強いられ、引退後の「楽な生活」が遠のくという不安感です。
しかし、実際には「働く」ことは単なる経済活動以上の意味を持つことがあります。特に、「働くことを通じて自分自身の成長を感じる」「社会に貢献する」といった要素は、多くのシニア層にとって重要なモチベーションとなっています。
アメリカの心理学者カール・ユングは、人生の後半を「自己実現」の時期と位置づけています。若い頃は自己実現のために仕事に打ち込み、家族を支え、キャリアを築いていきますが、シニア世代になると、自分自身の内面を見つめ直し、社会や次世代に何を残すかを考えるようになります。これを「第二の人生」と捉えることができるでしょう。
この「第二の人生」をどのように過ごすかが、一生働く時代においては重要です。働き続けることで得られる自己成長や社会貢献の機会を活かし、自分にとって本当に意味のある働き方を選ぶことが求められます。
例えば、長年培った経験やスキルを活かして、若い世代に知識を伝える教育者としての道を選ぶ人もいますし、地域社会のボランティア活動に参加し、自分自身の経験を社会貢献に活かすこともできます。
具体的な事例:キャリアチェンジとライフシフト
ここで、実際に「一生働く時代」に適応している人々の事例を紹介しましょう。
例えば、70歳を超えても現役で経営コンサルタントとして活躍している田中さん(仮名)は、長年の企業経営経験を活かして、若手経営者のメンターとして活動しています。田中さんは「若い頃は自分の会社を成功させることに必死でしたが、今は次世代を育てることが自分の役割だと感じています。自分の経験が若い世代に少しでも役立てば、それが何よりの喜びです」と語っています。
また、50代でIT企業を退職し、60歳から地域おこし協力隊として地方の農業を支援している山本さん(仮名)は、都会でのビジネスマン時代とは全く異なる生活を楽しんでいます。「都会では数字や売上ばかりを追いかけていましたが、今は自然に触れ合いながら、地元の人々と一緒に働くことができて、とても充実しています。体力的には大変なこともありますが、精神的には非常に満たされている感じがします」と語ります。
これらの事例からも分かるように、「一生働く」とは単に同じ仕事を続けることではありません。むしろ、人生の節目ごとにキャリアやライフスタイルをシフトしながら、自分にとって意味のある働き方を模索することが重要です。
健康と自己管理の重要性
一生働くためには、健康が不可欠です。若い頃は多少の無理がきくかもしれませんが、年齢を重ねると体力や集中力の低下を感じることも多くなります。そこで、自己管理の重要性が増してきます。特に、食事や運動、睡眠といった基本的な生活習慣を見直し、健康的な生活を維持することが求められます。
British Journal of Sports Medicineで発表された研究によると、運動習慣を持つ人は、持たない人に比べて平均寿命が5年以上長く、精神的なストレスも少ないとされています。さらに、週に3回以上の運動を行う人は、うつ病や不安障害のリスクも低いことが分かっています。こうしたデータからも分かるように、日常的な運動習慣は、長く働き続けるための基盤となるのです。
また、働くこと自体が健康に良い影響を与える場合もあります。社会と繋がりを持ち、目的意識を持って行動することは、精神的な健康を維持する上で重要です。孤立感や無気力感に悩まされることなく、積極的に社会に関わり続けることが、長く健康で働くための秘訣です。
新しい働き方の模索
一生働く時代においては、定年後の「第二のキャリア」を見据えた働き方が求められます。これは、キャリアの途中での柔軟な転職や、副業を通じたスキルの習得など、新しい働き方の模索を意味します。
例えば、近年注目されている「パラレルキャリア」や「複業」といった概念は、これからの時代において非常に重要です。パラレルキャリアとは、本業とは別に複数の仕事を持つ働き方であり、収入源の多様化や、異なる分野での経験を積むことができるメリットがあります。
具体的には、平日は企業で働きながら、週末には自分の趣味を活かした活動を行うことや、リモートワークを活用して地域に根ざしたボランティア活動を行うことも可能です。
また、副業を通じて新しいスキルや経験を積むことで、将来的に定年後の第二のキャリアに繋がる可能性もあります。
例えば、IT企業でマーケティングを担当している人が、副業としてウェブデザインの仕事を行い、将来的にフリーランスのウェブデザイナーとして独立するといったケースです。こうした柔軟なキャリア形成は、一生働く時代において理想的であるといえるでしょう。
まとめ
「一生働く時代」が現実のものとなりつつある今、私たちは働き方の価値観を根本から見直す必要があります。単に「長く働く」ことが目的ではなく、「どう働くか」「何のために働くか」を問い直し、自分にとって意味のある働き方を模索することが重要です。
定年後も社会に貢献し、自己実現を果たすために、柔軟な働き方や新しいスキルの習得、健康管理を行いながら、自分らしいキャリアを築いていくことが求められます。